ゴッボール・ダンジョン。
いわゆる『羊D』と呼ばれるそこに、彼女はいた。
「っそら!」
番えた矢に炎を纏わせ、ゴッボールのふかふかしたウールごと焼き尽くす。
ひとりでダンジョンを踏破しようと奮闘しているのは、Avengersの女王様、シャオリーだ。新婚子持ちです。
「終わり!」
掛け声と共に矢を打ち込み、最後の1匹であったゴッボールが憐れな鳴き声をあげて地面に沈む。
その身体からウールと皮革を剥ぎ取るシャオリーの先で、ダンジョン最後の部屋の扉が開く。
冒険者のトレーニングも兼ねているこのダンジョンは、一度部屋に入れば戦闘に決着をつけない限り出ることは出来ない。
勝てば先の扉が開き、負ければ入口に戻される。
「さて、行きますか。」
剥いだばかりの戦利品をマウントに載せたシャオリーは、大した緊張もなく、その最終部屋に踏み込んだ。
「…うわぁ、羊くさっ…。」
ぼやいたシャオリーの背後で、今しがた入ってきた扉が閉まる。
彼女を待ち受けていたのは、ゴッボールの王様とも言えるロイヤルゴッボール。…と、その配下らしいゴッボール数匹。

ひと呼吸置く間もなく、戦闘が始まった。

「雑魚は、引っ込んでなさい!!」
シャオリーの初撃で、お付きのゴッボール達が倒れる。
今夜はジンギスカンかな?
お付きのゴッボール達を倒せば、あとはロイヤルゴッボールとの一対一だ。
そこまでこればあとはクラの基本を守れば余裕をもって勝利を収められる。
クラの基本。相手の範囲外、かつ、こちらの範囲内から矢を撃つべし。
その基本を守りつつ、ロイヤルゴッボールのつややかなウールに矢を射る。
不利を悟ったロイヤルゴッボールが攻撃を止め、後退を始める。
それを追い詰めるため、マウントを駆ってシャオリーが前進する。
しかし、ロイヤルゴッボールは物陰に隠れるように後退している。
障害物に視界を遮られ、焦れたシャオリーが安全圏から数歩踏み込んだ。
普段なら決してしない、クラの基本を破る行動。相手を追い詰めていたこと。それが、彼女の判断を鈍らせた。
後退していたロイヤルゴッボールが、不意にくるりとこちらに向き直る。
次の瞬間、四肢で土を踏み鳴らし、シャオリーへと突進する。
「ぎゃんっ!?」
プレスピックのような悲鳴を上げ、シャオリーはマウントから振り落とされる。
地面に叩き付けられた衝撃で一瞬意識が飛ぶ。それでも、何とか思惟を保ち、起き上がって辺りを確認する。
『女王の犬』の名を冠した黒壇ターキーは、地面に転がったままもがいている。
突進の衝撃で脚を怪我したのだろう。自力では起き上がれそうにはない。
「あいつは……ぐっ!」
立ち上がろうとした瞬間、今度は角で下から掬い上げるように突かれる。
身軽さを重視し、鎧をあまり纏わないシャオリーにとって、その一撃は効いた。
「い、った……ぁ…。」
激痛の中、シャオリーは必死に体を動かし、うつ伏せになって立ちあがろうとした。
「きゃあぁ!?」
そこに、ロイヤルゴッボールがのしかかる。
ロイヤルゴッボールの巨体がシャオリーの細腕を押さえ付ける。
地面にめり込むほどに押しつけられ、シャオリーの腕が悲鳴を上げる。
しかし、その痛みが彼女の気を引いたのは、その瞬間だけだった。
「ちょ、待っ……!!」
ロイヤルゴッボールが、シャオリーの装備を噛み砕きにかかったのだ。
鎧と言うには些か薄い防具が、無情にも砕かれていく。おい幾らすると思ってんだこの装備!!

もはや、勝敗は決していた。
普通ならば、敗者であるシャオリーはダンジョンの入口に戻されるだろう。
だが、今回は違った。シャオリーにのしかかったまま、とどめを刺さない。
否、刺すのだ。今から。
戦闘の決着と言う意味ではない。生命のやりとりという意味での、とどめを。
「…っ嘘でしょ、ねぇ…。」
逃げようにも、押さえ付けられた腕も、全身も、動かそうとするたびに激痛が走る。
「やだ、ちょっと…お願い…っ!」
さすがにこうなっては、ギルドの女王様の影はなく、そこにいるのはただの女。
涙を浮かべ許しを請うが、そんなものロイヤルゴッボールには届かない。
あぁ、金策や何やらでゴッボールを狩っていた恨みか。
今だ抵抗するシャオリーの諦めの部分がそんなことをちらりと考えた。
瀕死のそれとは違う息使いを見せるロイヤルゴッボールの歯が、シャオリーへと狙いを定めた。

その時だった。

「何してんだゴルァァァァァァ!!!」
突如飛び込んできた怒号と共に放たれた何かが、ロイヤルゴッボールを叩き飛ばす。
横腹に攻撃を受け、ロイヤルゴッボールが怯む。
その僅かな隙に滑り込み、シャオリーを担いで離れる。
乱入してきたその人物こそ――

「大丈夫?・×・」

お前かよ!!

「…いや、あ、うん…。」
服の前をかき合わせて、ヴォルきょーへと頷く。
期待した私が馬鹿だった。脳裏に浮かんだ姿を打ち消す。
「シャオリーさんが入ってから大分経つのに出て来ない、って。門番が。」
何故ここにいるのか、疑問に答えたのは東京湾セメントコンクリート。
門番とはアルタイールのことだろう。確かに、このダンジョンに入ってからかなりの時間が経っている。
「心配して来たってわけだ。」
「ぢゃっく!?」
ぱんぱん、と服の土埃を払って、シャオリーに歩み寄ってきた人物は、まさしく。
「投げつけるなよくそぱんだ。」
「まにあったから、問題ない。・×・」
成程。
手頃な阻止手段がなかったために、パンダワらしく、投げたのか。ぢゃっくを。
確かにエカフリップ1人ぶつけられれば、ロイヤルゴッボールの巨体でも簡単に動くだろう。
「…と、いうけで…。」
セメントコンクリートとヴォルきょーが、くるりとロイヤルゴッボールに向き直る。
「ひつじ狩りだ。」
言うが早いか、それぞれ武器を手に、ロイヤルゴッボールに挑んでいく。
ロイヤルゴッボールを2人に任せ、ぢゃっくは座り込んだままのシャオリーに目線を合わせるため屈む。
「涙ふけよ。」
「うるさい、ばか…!」
泣いてない。その声は言葉にならず――

ダンジョンの脱出口となるその通路を、4人は歩く。
脚を怪我した黒壇ターキーはしばらく乗れないだろう。
『女王の犬』は証書にもどしてアイテムポーチの中だ。
街に戻ったら、パドックで治療に当たらないと。
その予算を考えながら、シャオリーはぢゃっくにおぶわれていく。
装備を噛み砕かれ服を破かれてみっともない姿になっている上、服の替えを誰も持っていない以上、これが一番の運び方だ。
「帰ったらポーション飲んどけ。」
助けなかったらどうなっていたことか。
あのままロイヤルゴッボールに噛み殺されていたかもしれない。
「…これで少しは大人しくなれば、リサちゃんと堂々………あ。」
心の声を表に出したことに気付くも、時すでに遅し――

毒殺の矢が、ぢゃっくの後頭部に突き刺さった。

「1`ぢゃっく`」死亡により銀行に100万カマ入金――