『ラストナンバー』(3Pゲリラ:テーマ「数字」)

 

 インディーズの『セックス・ベクトルズ』は僕らのカリスマだ。パンク系のロックバンドで、ボーカルは「ビド・シシャス」と呼ばれている。いや、そもそも自称だが。シシャスの声は少しかすれてハスキーな声だけど男の僕ですら色気を感じるし、何よりも心を突き動かす力がある。アップテンポでありメロディアスであり、日ごろからくすぶっている僕らの躍動感ともいうべきものを刺激するのだ。

 僕とダイキとマヒロは三人でライブに行く。ダイキは僕を『セックス・ベクトルズ』のライブに連れ出し、虜にさせた。彼は僕にとって唯一無二の親友であり、仲間とか友達とかを非常に大切にするタイプであるのがまさに信頼が置ける。同時に、社会に対して常に不安を持っているタイプでもある。あからさまに反撥はしないがことあるごとに社会のせいにするところがあり、そこは欠点だ。

マヒロとはライブで出会った。ふとしたきっかけで話すことがあり、同じ大学で学年も同じということがわかると話が盛り上がり、以後三人でライブに行くようになった。気の強そうな黒い瞳が特徴的で、僕もダイキもすぐに彼女のことを気に入った。口には出さないが、互いにわかっていた。今はいいが、いずれは避けられないのだということを。いつかその日が来ることを。

『二重螺旋』という名曲がある。僕らがベクトルズの中で一番好きな曲だ。ライブの必ず最終、この曲がかかるとダイキはちぎれるほど腕を振り上げ、僕は呆然と雰囲気に呑み込まれ、マヒロは目を閉じてメロディーと同化していった。旋律もさることながら、この曲には大きな特徴がある。それは「歌詞が二種類ある」ということだ。ダイキの好きな「反体制」を歌った詞。僕の好きな「狂おしい愛情」を謳った詞。シシャスがどちらを歌うのかはライブにならないとわからない。だが、どちらが歌われてもよかった。ライブの帰り道には、マヒロが真ん中でメロディーを鼻歌し、それに合わせながらダイキは彼女の右側で、僕は左側で、それぞれ好きな方の歌詞を口ずさむ。思い思いにライブの余韻を楽しむのだ。その日がくるまでは二重螺旋の世界に身を委ね、この三人のバランスを壊さないように。

 

ベクトルズの解散が告知された。ついに《その日》がやってくる。しかも偶然にも、その日はマヒロの誕生日であった。

ライブ前日、マヒロからメールが入った。

「明日とうとう解散しちゃうね。『二重螺旋』……最後はどっちの歌詞だろうね?」

 シシャスが最後に歌うのは、ダイキの運命か、僕の心か。明日。その日。ベクトルズ解散の日。マヒロの誕生日。